CASE5電子カルテの目的外閲覧

【概要】ある事件の被害者の搬送先となった病院において,被害者の電子カルテが不正に閲覧されていた.カルテの不適切な閲覧は,病棟を見回る看護師が,事件の被害者とは関係のない病棟で,被害者のカルテを見ている看護師がいることに気づいて発覚した.カルテには患者の住所,氏名,けがの状態が記されていた.

不正閲覧発覚後被害者の電子カルテに閲覧制限がかけられた.病院は,電子カルテの閲覧履歴に記録された関係者に対して調査を行い,医師,看護師,事務職員の計100人ほどが業務外の閲覧を行なっていたことが判明した.病院は,記者会見による謝罪,遺族への謝罪を行った.また,全職員に対し,「診療・業務に関係のない目的のために患者の情報をみだりに閲覧してはならない」という規定に関する注意喚起を行った.さらに,不適切な閲覧をしたとみられる職員に対し個別に警告し,処分を予定している.

学びのポイント(電子カルテの普及

 厚生労働省の報告によると,一般病院の電子カルテシステムの普及率は,2008(平成20)年では14.2%でしたが,2020(令和2年)年では,57.2%にまで増加しています(厚生労働省).

 電子カルテシステムの導入がもたらす大きな利点は,「医療職者間の情報共有のしやすさ」にあります.医師や看護師など患者にかかわるすべての医療スタッフが,別々の場所にいながらでも,端末さえあれば,同時に電子カルテを参照し,いつでも最新の患者情報を把握できます.今や電子カルテは医療の質や安全に寄与する重要なツールとなっています.

 しかし,その利用においては医療スタッフの情報モラルも求められます.本事例は,電子カルテの普及に伴い,報告されるようになった漏えい事故で,情報モラルの欠如が引き起こしたものです.

問題点と事故防止のためのポイント

読む前に,まずは自分で本事例の問題点と,どうしたら防げたか考えてみてください.

【問題点】

●業務外・目的外の電子カルテを閲覧した

 「有名人が入院したから,電子カルテを閲覧し,そこから得た情報を友人にしゃべってしまう」「知り合いが入院したから,気になって治療内容をみてしまう」,そして,今回の事例のような,「ある事件や事故に関係する人物が入院したから,興味本位に電子カルテをのぞいてしまう」,このようなことは意外に多いのではないでしょうか.

 電子カルテシステムは,医療職者間の情報共有が容易に実現できる反面,業務に関係ない患者のカルテの閲覧をも容易にしてしまいました.

 しかし,医療機関のスタッフであれば,電子カルテシステムに記録されているどの患者情報にアクセスしてもよいわけではありません.特に,業務外や目的外の閲覧は,プライバシーの侵害や守秘義務違反にもつながる可能性があり,これまで起きた類似の事故のなかには裁判にまで発展したものもあります.

 電子カルテシステムでは,閲覧できる医療スタッフを限定させるなどして,目的外の閲覧を防止する機能をもつものもあります.しかしながら,一人の患者に対して数多くの医療スタッフがかかわることや,担当の変更や緊急時の対応まで考えると,患者ごとに閲覧権限を細かく設定することは,膨大な手間と負担が発生します.そのため,一人ひとりの医療職者が,「業務外や目的外となるカルテの閲覧はしない」という,あたりまえのルールを守ることが重要となります.

 なお,本事例のなかでも触れられていますが,電子カルテシステムでは,だれがいつ,どの患者のカルテを閲覧したかの履歴(アクセスログ)が記録されています.決して「バレないだろう」とは思わないでください.

【事故防止のためのポイント】

カルテの業務外・目的外の閲覧はしない

さらに学ぶ(電子カルテと個人情報保護

さらに学びを深めてみましょう.

 今回紹介した目的外閲覧以外で,医療職者が電子カルテシステムを利用する際に留意すべき点について整理しておきます.

システムへのログイン・ログアウト

 電子カルテシステムへのログインは,自分のIDで行い,使用後(離席時)は,ログアウトします.ログインは,本人確認(認証)の役目をもっており,認証を受けることで,その後の操作や記録は,すべてそのユーザの責任において行ったことになります.そのため,利用後は,必ずログアウトし,他者に利用されることを防ぐ必要があります.また,他者がログインした電子カルテを勝手に操作してはならず,ログアウト後に利用することが必要です.この基本操作が,患者情報の保護だけでなく,自分自身を守る(不正アクセスをしていない証明)ことにつながります.

電子カルテの印刷

 カンファレンスなどで,電子カルテの内容を印刷する場合もあるかと思います.しかし,紙に印刷することは,当然紛失のリスクが発生します.不必要な印刷は避けるとともに,印刷した場合には,利用後にシュレッダーにかけることを徹底しなければなりません.また,言うまでもありませんが,印刷したものを院外に持ち出してはいけません(品川 2020).

情報の不正利用

 患者情報を許可も得ず,コピーやダウンロードしたり,ほかの目的に利用したりしてはいけません.また,電子カルテの画面をスマートフォンなどで撮影するなどの行為も絶対にしてはいけません.


 電子カルテシステムには,診療や看護などの業務を目的として収集したすべての患者の個人情報が蓄積されており,看護師はそれらの情報に自由にアクセスできます.しかしそれは,病院全体で扱っているすべての患者情報を守ることが,より強く求められるということを意味します.医療職者は,このことを十分に認識したうえで,電子カルテシステムを利用してください.

【事例の出典元】

  • 品川 佳満, 伊東 朋子, 橋本 勇人:看護師が注意すべき患者の個人情報取り扱い 「気づかない」から「ドキッ」、そして「あたりまえ」になるために(第7回) 電子カルテの目的外閲覧,看護技術,66巻8号,877-879,2020.

【参考文献】

  • 厚生労働省:医療分野の情報化の推進について

  • 品川佳満・他:看護師が注意すべき患者の個人情報取り扱い:「気づかない」から「ドキッ」,そして「あたりまえ」になるために(第5回)院外への持ち出し:車上荒らしによる盗難,看護技術,66(6):101-103,2020.

  • 品川佳満・他:看護師が注意すべき患者の個人情報取り扱い:「気づかない」から「ドキッ」,そして「あたりまえ」になるために(第6回)院外への持ち出し②:ルール違反からの漏えい,看護技術,66(7):94-96,2020.

更新日:2022.9.1