CASE8看護師が関与した個人情報保護違反に関する判例

判例紹介(事実の概要)X女の娘A子は,ユーイング肉腫によりY病院で治療をしていた(その後死亡).Y病院に勤務し担当していたB看護師は,「A子の病状が重く,あと半年の命であること,X女の経営する夜の飲食店の名前・住所・所在地,X女やA子の姉が懸命に看病していること」などを,口止めをしないで自宅で夫Cに話した.その後,夫CはX女の経営する飲食店に行き,「娘さん長くないんだって」「あと半年の命なんやろ」と言った.X女は秘密が漏えいされたことを知り,B看護師,夫C,Y病院に対し,精神的苦痛を受けたとして民法第709条または第715条に基づく不法行為責任を追及した(B看護師と夫Cとはその後,訴訟上の和解が成立している).

学びのポイント(判例から考える

 今回は,実際に看護師と病院が関係した裁判例をもとに考えていきます.看護師として必要な最低限の法的な知識も大切ですが,ここでは問題となった生の事実関係から,何が問題なのかを感じとってほしいと思います.

法的責任と本判例の位置づけ

 看護師が個人情報に関する法令に違反するケースは一定数ありますが,実際に裁判にまで発展するケースはそれほど多くありません.軽微な刑事事件は起訴されないことが多いし,民事事件であれば,裁判に至る前の一律の金銭給付や個別の示談,裁判上の和解などにより解決することが多いからです.その点,今回の事件は高等裁判所の判決にまで至ったリーディングケース(主要判例)といえます.

 看護師の法的責任としては,①刑事責任としての名誉棄損罪(刑法第230条),②民事責任としての不法行為責任(民法第709条),③行政責任としての厚生労働大臣からの処分を受けることがあります(橋本 2020).また,看護師が業務上知り得た患者の秘密を洩らした場合には,上記に加えて刑事責任として,保健師助産師看護師法第42条の2,第44条の3の責任を負うことがあります.

 今回の判例は,②の民事責任としての不法行為責任(民法第709条)と関係するものです.また,X女(患者A子の母)とB看護師・看護師の夫Cとは訴訟上の和解が成立したので,最後まで争われたのは,Y病院を対象とした不法行為責任の一種である使用者責任(民法第715条)です.使用者責任が成立するためには,㋐前提として被用者(B看護師)の不法行為責任(民法第709条)が成立し,㋑使用者(Y病院)の「事業の執行について」なされたものであること,㋒「被用者の選任及びその事業の監督について相当の注意をしたこと」を立証できないことが必要です.

本判決の内容

 第一審判決(大分地判平成24年1月17日)では,B看護師の民法第709条に基づく不法行為責任は認めましたが(和解が成立),Y病院の使用者責任(民法第715条)については,夫婦間で私的に行われた行為であり,Y病院の「事業と密接に関連するものということはできない」ことを理由に否定しました.なお,Y病院自身の不法行為責任(民法第709条)も否定しています.

 これに対し,第二審判決(福岡高判平成24年7月12日)では,B看護師のX女に対する勤務時間内外の不作為義務(業務上知り得た秘密を漏らしてはならない義務)の存在を前提に,「Y病院もYの管理する当該秘密が漏えいすることのないよう,被用者であるB看護師に対し勤務時間及び勤務場所の内外を問わず,職務上知り得た秘密を漏えいしないよう監督する義務を負っていたものであり」「そのような監督は十分可能であった」ことを理由に,「会話の内容がまさにY病院の業務と密接に関連するものである」として,「事業の執行について」に当たるとしました.また本件では,「Y病院が個人情報管理規程の制定,職員への周知,備え置きをしたこと及びB看護師に誓約書を作成,提出させていたことは認めることができる」としましたが,「B看護師が夫Cに患者の秘密を漏えいしたのは今回が初めてではないことがうかがえる」こと,「秘密の漏えいの意味やそのおそれについて具体的に注意を喚起するものであったとは考えられないこと」「報告書を作成したり,所轄官庁へ報告をしたりしていないこと」「懲戒処分(B看護師を,けん責・降格・10%減給3か月にしている)にしても,事実を確定させ,守秘義務違反を認めるものではないこと」などを理由に,守秘義務に対する指導が不十分であったとして,「被用者の選任及びその事業の監督について相当の注意をしたとは認め難い」としました.

 以上より,Y病院に使用者責任(民法第715条)を認め,110万円の支払いなどを命じました.

本判例からの学び

●看護師に求められるもの

 看護師は,家庭内の私的な場面でも,職務上知り得た秘密を漏らしてはなりません.たとえそれが,患者や患者の家族に対する同情によるものであっても同じです.また,本判例は「口止め」をしなかったことも問題としていますが,たとえ「口止め」をしても許されるものではないと考えらます.

病院に求められるもの

 看護師は,自分が個人情報を漏えいしなければよいだけではなく,現在の管理職として,あるいは将来の管理職候補として,組織(病院)自体の個人情報保護に努める必要もあります.この場合病院は,一人ひとりの看護師に対し,勤務時間及び勤務場所の内外を問わず,職務上知り得た秘密を漏えいしないように指導しなければなりません.

看護師,病院に求められるもの

看護師は,家庭内の私的な場所でも,職務上知り得た秘密を漏らさない

病院は,看護師などに対し,職務上知り得た秘密を漏えいしないように指導する

さらに学ぶ(病院の個人情報漏えい前後の対応の必要性

さらに学びを深めてみましょう.

 本判例で述べられているように,病院は,個人情報管理規程の制定,職員への周知,備え置きをしたこと及び看護師などに誓約書を作成,提出させることなどが必要です.多くの病院では,顧問弁護士と相談し,ここまでは備えていることが多いですが,同時に,ここで止まってしまっていることも多いです.実際には,事故前には,過去に漏えいした看護師がいないか,看護師などに具体的に注意を喚起したかなどが問われます.事故後には,報告書を作成し所轄官庁に報告をしたか,しっかりと事故を見つめ直し,事実を確定しているかなどまでが問われることになります.

 筆者らは,医療機関において個人情報の取り扱いに関する事故が起きた場合,事故の公表まで要した日数と,公表までに長時間を要した場合の要因について分析を行ったことがあります(品川 2015).そのなかで,公表遅れの理由には「対象者への配慮を優先するため」「拡大防止策を講じるため」などの「合理的な理由」がある一方で,「事件表面化後に公表した」などの「不合理な理由」による場合もありました.このような不合理な理由であった場合,本判例のように「被用者の選任及びその事業の監督について相当の注意をしたとは認め難い」として法的責任を追及される理由の一つとなる場合があります.つまり,個人情報漏えい事故については,看護師個人としての行動だけでなく,組織(病院)の事故前後における対応も重要となります.

【事例の出典元】

  • 品川 佳満, 伊東 朋子, 橋本 勇人:看護師が注意すべき患者の個人情報取り扱い 「気づかない」から「ドキッ」、そして「あたりまえ」になるために(第10回) 看護師が関与した個人情報保護違反に関する判例,看護技術,66巻11号,1178-1181,2020.

【参考文献】

更新日:2022.9.1